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Posted by みやchan運営事務局 at

2011年10月20日

スポーツクラブを通して地域社会を考える方々と学ぶ機会


こんにちは。

久しぶりに、昨夜は、ゆっくりベットで睡眠できました。

ちゃんとしたベットに横になるのは、7日ぶりでした。車中泊と、大しけのフェリーで、精神ともに、鍛え上げられました。(笑)

人間は、慣れれば、どこでも寝れるのかも。(苦笑)

本日は、なぜか、一泊3000円のお安いホテルでしたが、ベットが二つあるキレイな部屋で驚きました。

ふさしぶりの睡眠に、もう一つのベットは、おまけでしょうか。(笑)

体は一つしかないので、ベットが二つあるのは贅沢なことです(笑)ありがとうございます。



今回は、福島、宮城、北海道の、道東に行って参りました。

福島では、パーキングエリアで、お店が閉まっていると思ったら、

入り口や窓にシートなどが養生してあり、外と中とのギャップに驚きました。

心なしか、通りすがる民家も、窓にシートなどがしてあり、

家々が閉ざされている感じが、物々しさを醸しだしておりました。

それとは反対に、出逢う人や、通りすがる人は、いたって普通で、

放射性物質がそこに存在することを忘れるほどでした。

お米、お菓子、ジュース、みかんなどを、地元スポーツクラブのマネージャー様を通して提供させていただくことになりました。

福島第一原発から10キロ圏内の富岡町のスポーツクラブの皆様に提供させていただくことになりました。



(福島大学 黒須 充 教授 右奥 と、npo法人エフスポーツ半澤様 左奥、半九レインボースポーツクラブ澤山氏左前)


その後、私たちは、福島を北上し、宮城県塩竈に伺いました。

こちらも、震災直後から、大変お世話になった宮城県サッカー協会の会長様に、お会いしに行きました。

震災直後から、大変迅速に、行動され、日頃から地域社会のありかたに、理想の高い構想をお持ちで、

すでにその取り組みに実行され、人望も厚い、会長のお話は、大変説得力があり、いつも勉強になります。

この度の会長のお話も、

大変新鮮なもので、私たちの多くがそのイメージにワクワクする気持ちを持って引き込まれるという魅力を感じました。

会長は、『私はね、スタッフ皆と、会議や、ミーティングをしたことがないんですよ。』と言われたことが、印象的で、

その理由は、会長が

日頃からスタッフの皆様とコミュニケーションがとれているからであるということ、

信頼関係が築き上げられているからこそ出来ることだとわかりました。



(宮城県サッカー協会 小幡会長 と、半九レインボースポーツクラブ澤山氏)


私たちは、サッカー協会の皆様方を通しても、お米やお菓子ジュースなどを提供させていただき、

次に、石巻市へ向かいました。

石巻は、震災から一ヶ月後の4月に一度訪れていたので、7ヶ月経ってどのようになっているか?とても気になっていたので、

だいぶ、ガレキも片付けられ、何もなくなった一面を見て、それはそれで、言葉が出てきませんでした。


石巻市では、自らも被災された松村さんに、(この方もスポーツクラブを通じて地元の皆様と協力し合い

地域の復興に大きく貢献されている方です。)お話を伺い、お米や、お菓子、ジュース、みかんなどを提供させていただきました。


松村さんのお話の中で、

『 ガレキは、どんどん片付けられて、町がキレイになるけど、私たちの心の中は、まだ、片付かないことが多い 』

『 片付けられて行くことは、好い事なのに、心が、寂しい 』

というお話をされて、被災された方々のお気持ちの複雑な心境を感じることが出来て、大変、貴重なご意見を伺うことが出来ました。


それだけ、私たちにとって、信じがたい出来事が、目の前に起こったという衝撃は、簡単には消え去ることが出来ないものであることを…

私は、ただ感じました。

松村さんのように、心の中にまだまだ、整理されていない想いをお持ちの皆様がたくさんおられることを、

私たち自身、考えなければならないと思いました。

やはり、現場で、一番大切なのは、相手の気持ちに依りそい、氣持ちを交感し、励まし合い、助け合う繋がりなのではないかと実感しました。


(松村さんが経営されるスポーツ店の前で、ご家族と、澤山氏)


人という字が、支え合う二人のカタチで表現されているように、

人は、お互いに支え合い、助け合い、繋がり合い、そうした集団生活の中で楽しみあい、

愛しあい。

そういう、学びを、私は感じました。


(石巻市に沈む夕陽は、なぜか無情な想いに感じた)


私たちは、

今回の東日本大震災の復興支援の中で、

行政主導での活動だけではなく、地域に、すでに根ざしているスポーツのクラブを通じて多くの活動をさせていただくことがありました。

そこには、私たちが学ぶべき材料がたくさんありました。

支え合い、助け合い、繋がり合う・・・という地域にとって大切な要素に、絶対的に必要なことが 『 信頼 』 です。

すでに、クラブ活動をされている皆様には、日頃から、その信頼が完成されているために、

そのクラブが機能している地域での復興は、大変迅速に、効果的に行われていて、

私たちも、その方々のおかげで末端の皆様まで迅速に効果的にご支援させていただけたのではないかと思います。


そうした、地域のあり方を、私は目の当たりにしまして、

これから、私たちはどのような社会を築く必要があるのか?

そうした社会の一員として、私が、どう、貢献出来るのかを、

皆様の、ご協力で、被災地へ出向くことが出来、このような機会を与えられた、一人として

私は、考える機会を与えられ、その答えに導かれるように、

北海道の道東に来ていました。



知床半島は、世界自然遺産に認定され、世界各国から観光客が訪れる観光地となりました。

私も、その名前だけは知っておりましたが、そこで、感じたこと、学ぶことができたことは、本当に佳い機会になりました。


北海道、標津町で、行われた『スポーツクラブの全国会議』では、震災の際に、全国のクラブ同士が助け合うという事例を交えながら、

クラブ活動を通じての地域社会のあり方について、アツい議論が交わされ、

スポーツを通じての人間創造にまで、通づる内容も、大変勉強になりました。

その後、知床半島の羅臼(ラウス)町で、様々なお話を聞いたり、大自然を目の前に私たちの、本来あるべく姿を

私は、学ばせていただいたように思いました。

新鮮な海産物、キタキツネや、エゾシカ、タヌキや、ヒグマ、様々な野鳥は、日頃からこの大地と交流し、

人は、その間で生活をさせていただくことで、その大自然の恩恵に育まれ、

豊かな地域とともに、豊かな心身、豊かな精神を育むことが出来るのだろうと感じました。

日本の将来は、ここに既に存在する大自然の恩恵とともにあるな〜ということを、肌で実感しました。





そして、この大自然の恩恵を私たちは求めなくとも既に与えられている事実を多くの方と語り合いたいと感じました。

(今回は、素人ですが、動画を撮影しておりますので、編集して、皆さんと観覧しようと思います。)


私たちは、あの、機会から多くのことを学ばなくてはならないと思います。

3・11は、単に、一つの震災や原発事故ではなく、

私たちそれぞれに、与えられた機会であると、私は個人的に認識しています。

亡くなられた多くの命は、私たちに何を伝えたいでしょうか?

無言のメッセージを、私は実感するに・・・

それぞれが、それぞれの立場で、ものの考え方を見出し、自立し、もしものときに、お互いがお互いを支え合える自己を創造し、

マスメディアや、情報に翻弄されることなく、

ものの本質を見抜き、先見の目を持ち、今日を創造し、

自らの未来、将来を、明るく、楽しいものにするために、今に向き合い。

与えられた機会を存分に活かすために、様々な機会から学び、

今日を楽しく、朗らかに生きることを・・・大変価値あるごときに訴えているように感じています。


(この旅で、多くの虹と出逢います。北海道を去る際にも虹と出会いました。)


最後に、

尊敬する二宮尊徳先生の言葉を引用します。


私は、現在、大阪にいます。

24日、25日、26日に、再び、被災地へ向かいます。

お米、500㌔、お菓子500人分、ジュース800人分、宮崎地鶏100名分など、様々なご支援ご協力を背中に、

福島や、宮城の皆様と、与えられた機会を分かち合えたらと考えています。

ご拝読いただきまして、ありがとうございます。本日は、長文失礼しました。



『 一円融合 』



円こそが天地万物の根源だ
円こそ宇宙の根源原理だ
森羅万象の根源宇宙の実相を現わしている

なにもかもが別々ではない

赤と黒も
黒と白も

この円の中にある

有と無も
天と地も
陰と陽も

混然としてひとつになって円の中にあるのだ
すべてのものが分離していないで円の中に融けている

空も陸も
山や樹も
草や花
人も動物も

宇宙の万物は一粒の種から草花があるように一元から発生しているのだ
相対的なものを一元として相対的な両方をひとつとして見るべきだ

善人もなければ悪人もない
悪人にも長所はある
善人にも短所はある

自分に反抗する者は憎いと思い邪魔に思った
それでは駄目だったんだ

善人をただ善人と見ず
悪人をただ悪人と見ない
その目が大事だ

すべてのものは減りもしなければ増えもしないでこの円の中を循環輪廻している

春がくればやがて夏となり
そして秋になり冬になる

水は低きへ流れそして水蒸気となって天に登る
そして雨と降って水となり流れる

原因と結果が永遠に循環している

世の中のすべてのものは止まることなく循環している

そして稲が育つにも水や気候
光や養分が融けてひとつにならなければ生育しない

一円融合

一円融合しなければ
花も咲かなければ
草も生えないし
人間も生きる事ができない

尊徳  

Posted by ケースケ at 15:51Comments(0)人生勉強

2011年10月16日

幸せな世界のイメージ



おはようございます!


引き続き、北海道の自然に触れ、新しい地域社会のあり方を学ばせて頂いております!

午後から知床半島に向かい、シーカヤックをする予定です。

北海道には、たくさんの自然が残っていますが、

年々、湖の透明度が落ちたり、浸食の影響があったり…。

問題点も、数多くあります。

私は、野鳥や、キタキツネ、エゾシカと出会い、

彼等が住んでいるこの場所にお邪魔させていただいている身分において、

経済活動が優先される現代が、いかに自然を不自然に導いたかを反省します。



何故ならば、私は、ビルの立ち並ぶ都会や、ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗る環境では無く、

自然と人が共存する、自然な暮らしの中で生活したいと願うからです。


自然と人が共存できる世の中をまずは、イメージしたいと思います!


ウルフルズの、大丈夫という歌に、好きなフレーズがあります。

♪ 誰もが 胸に 幸せな世界のイメージを描いて暮らす ♪


誰れもが、幸せな世界のイメージが出来るような世の中にしたいものです!



『 大丈夫 』 ウルフルズ


僕は考える
そしてペンを持つ
思いついたままノートに
らくがきしてみる

君はどうしてる?
ひとりで大丈夫?
憂うつな時はいつでも
話をきくよ

そうさ ゆうべの夢さ
しあわせな気分の
ままで目が覚めたから
届けたいよ君に
こんな言葉を
「答えはひとつじゃないから」

僕は大丈夫
今はそういえる
忘れたいこと あるけど

そうさ 誰もが胸に
しあわせな世界の
イメージを描いて暮らす
うまくはいかなくても
まずは一歩ずつ
答えはひとつじゃないから

僕は考える
きっと大丈夫
心がちょっとザワついて
何かがはじまった

君はどうしてる?
ひとりで大丈夫?
僕はここにいるよ
君は大丈夫
きっと大丈夫
僕はここにいるから

僕はここにいるから

僕はここにいるから

僕はここにいるから






  

Posted by ケースケ at 10:47Comments(0)人生勉強

2011年10月15日

新しい地域社会を築き上げよう。

おはようございます!

10月15日、今、私は、北海道の東、

目の前には、国後島が見える町、標津町(しべつ)に来ています。

ここで、スポーツを通して、地域社会をどのように構築し、

繋がり、絆、縁、というものを、自然に築き上げ、

地域に、『 もしも 』の出来事があった際には、繋がりのなかで助け合える

コミュニティとなれるように、普段から取り組めるような『 クラブ活動 』

の、全国会議が、行われるために、私も、同行させていただき、勉強させていただいております。


すでに、約3000団体の総合的なスポーツ『 クラブ活動 』が、活動しております。

今回、東日本大震災で、地域社会の在り方が、非常に重要だという事に、私たちは、気付かされ、

活動を通して、コミュニティが創造されていた地域は、行政機関の機能不全にも関わらず、

全国の団体と連携し、迅速に、着実に、地域のなかで助け合い、

非常に自然に、本来の地域の在り方を示していただきました。


私も、東日本大震災の支援をさせていただいた際に、宮崎県の地域を駆け巡りました。

行政機関へも、市長にも、地域の有志様にもお会い致しました。

そして、そのなかで感じたことは、

普段から、日常から、地域社会がもっと繫がりをもって、自分たちの繋がりのなかで助け合えるような地域社会が

大切だという事に、気付きました。

普段から、スポーツを通して活動しておられる皆様の、迅速さは、

いろいろな団体のなかでも、迅速で、強力で、自然体で、継続性があり、

助け合いのなかで、どのような身分であっても、お互いに支えられる地域のモデルが存在しました。


わたしは、その皆様のお陰で、着実な支援をさせていただけたと感じています。


新しい地域社会を、私たちが見つけ出し、より佳く楽しい社会にしていきたいものです。


今回、それを、大変学ばせていただいております!

感謝致します!  

Posted by ケースケ at 07:31Comments(0)

2011年10月12日

スピリット &リアル シンポジウムin 青島モノラル開催

ただいま、マイクロバスにて、待機中です。

15時に、伊丹空港で前回もお世話になったタクさん(リーダー)と合流し、

2人で交代で運転し福島、宮城に向かいます!!

今回は、お米と、お菓子、みかんなどの果物を 配ってきます!

現地で、いろいろ感じてきます。

放射線の影響や、地震もまだまだ、あるようです。

帰ってきましたら、皆様方とこの機会を分かち合えたらと思い、シンポジウムをすることになりました!

下記に、詳細あります。

よろしくお願いします。↓↓

〜イベントの告知〜

スピリット&リアル シンポジウム in 青島モノラル

FEEL THE SOMETHING. 
感じることは、これから必要な能力になる。


今、私たちの目の前に起こりくる様々な疑問を、様々な観点から語り合うイベントです。

※イベントの内容の一部は、
 現在制作しているドキュメンタリー映像に使用される予定です。


このイベントで交わされる精神世界の内容は、
フィクションという前提で行われます。
それぞれ参加される皆様がお話しされる話については、
それぞれの想像に委ねられ、その信憑性については、
各自での認識にお任せします。


主催側として、肯定も否定も行うことはありません。
このイベントは、宗教と、一切関係ありません。


潜在意識、氣の力、波動がもたらす影響は、科学的な解明が日々進歩しています。
益々の、解明を期待します。

私事ですが、最近は、いろいろと、感じていらっしゃる皆様と出逢うことが多くなりました。
3・11以降、身近な危機感を持って行動される方も増えてきたように思います。
メディアでは放送しない、本当のこととは何でしょう…?
この辺で、意見交換を含めて、皆様方と語り合えたらと思いました。

様々なノウハウや、権謀術数、策略などのテクニックは、高いセミナー代をお支払いすれば、手に入るかもしれません。

そうしたテクニックを駆使して、成功した先に、何が見えるのでしょうか?

精神的なお話を含め、
今、何が起こっていて、今、私たちは、どこにいるのか?

現在を見つけ出し、

これからの将来を見定めるためのヒントを、

それぞれの観点でお話できたらと思います。



[ スピリット&リアル シンポジウム in モノラル ]

 FEEL THE SOMETHING. 
 感じることは、これから必要な能力になる。


ゲスト : シイケイスケ & 参加者の皆様

場所  : 青島 モノラル

日時  : 10月30日 日曜日 19時 〜 22時30分

会費  : 1,000円  軽食つき モノラル特製カレー

       
19:00  受付    食事 

19:30〜 第一部   ゲスト 自己紹介      

20:00  第二部   イベントの趣旨 目的説明        

       第三部   スピリット&リアル シンポジウム 
               司会進行 シイケイスケ
22時30分 終了
 


興味のある皆様のご参加をお待ちしております!!

お問い合わせは、cksk0611@gmail.comまでどうぞ〜!


FEEL THE SOMETHING. 
感じることは、これから必要な能力になる。


  

Posted by ケースケ at 12:59Comments(0)あかるいひとりごと

2011年10月11日

ヒカリノセカイ


こんばんは。

大阪府 吹田市江坂におります。

明日まで、大阪に滞在し、あさって、夕方〜夜中かけて移動。

マイクロバスで福島県〜宮城県〜北海道(中標津)を目指します。

19日に、大阪に戻り、21日に、関東、24日から福島にて活動予定です。

宮崎へは、29日朝に戻る予定です。


普段とは違った街で、いろいろな人の人生模様を想像しながら、

日常が、当たり前のように過ぎていくことを、とても幸せなことであると実感し、感謝します。

この旅で、感じることは、多くの光です。

出会う人が着ている服、色とりどりの、光は、色合わさって、虹色で、

あらゆるカタチで、虹と出会います。

今、なぜ、虹なのだろうか?と、感じると。

この星を浄化しているのか。と、感じました。


無限大と、無限小。

その間に、私たちが存在します。

細胞の中の、遺伝子、素粒子・・・・どんどん、小さな世界の向こうには、無限小が広がります。

そこは、まるで、小さな宇宙のようです。

空を見上げれば、限りなく広く続く空、そして、宇宙が広がります。

無限大の宇宙の中に、無限小の存在があるのです。


現代まで進んだ、科学は、どんどん進歩し、様々なことを解明してきました。

きっと、この先、今よりも、便利に、合理的に、様々なモノや、技術が進歩するでしょう。

果たして、そうした文明の先に、私たちは何を感じるのでしょうか。


日本には、四季があります。

夏が終わり、秋がやってくる、今日この頃、キンモクセイの香りが漂っています。

変化をする。ということは、きっと、自然なことであると思います。

環境は、変化し、私たちも、変化を受け入れなければならないのです。


世の中には、相反するものを避ける傾向があります。

良い悪いという二つの答えに片寄ることなく、全体をとらえて、物事を判断できる自分自身になりたいものです。

変化をすることを恐れず、変化をすることを楽しみ、

今だけをみるのではなく、将来を見据えて、

私だけを考えるのではなく、目の前にいる人に相依り

私の中にある小宇宙を、正しくとらえたいものです。

無限小の、小宇宙を、想像し、感じることができたら、

目の前の人、家族、親戚、友人、地域、大自然、世界、宇宙へと、無限大へ広がるすべてを感じます。


きっと、それらは、切り離すことのできないつながりで成り立っているのではないでしょうか。


一人一人、それぞれの世界に、私たちは、つながっています。

想像力を、より働かせ、創造力を、発揮し、

与えられている機会を、喜びに充ちて、全うしたいものです。


今日も、楽しみましょう〜〜ニコニコ

  

Posted by ケースケ at 03:23Comments(0)あかるいひとりごと

2011年10月05日

一瞬の笑顔を咲かせよう

こんばんは。

いつも、モノラルへお越し頂きありがとうございます。

10月は、お店をお休みして、東北へ行こうと思っています。

多くの方にご迷惑をおかけいたしますが、より、パワーアップしてかえって参りますので、

どうぞ、よろしくお願いします。

宮城、福島、岩手、被災地へ向かうまでの準備期間中で、多くの方のご協力をいただいております。

ご協力いただいている皆様の多くが、私のお話に 即 共感され、 即 、実行され、

その道理に、確信に満ちた筋道をお持ちである事に、

大変尊敬するとともに、素晴らしいな〜と、感化され影響を受けております。


私たちは、とくに、支援をしている訳ではないと考えています。

とくに、微力すぎて、なんの足しにもならないような、私たちの行動が、

何かの支援だと。私たちは思ってはおりません。


私たちは、福島や宮城、岩手、被災された皆様の氣持ちに少しでも相依り(あいより)たいという氣持ちの元に、

できる事を、それぞれの役割で全うするという、一般市民でありますので、

専門でボランティアをされている方々とも、少し違っていると思います。


協力していただける多くの皆様は、日頃から、仕事をされている訳でございまして、

自分自身の生活を向上させる事、維持する事だけでも、大変な世の中において、

大変、協力的に、尚かつご尽力を頂いておられる皆様が、宮崎県にたくさん存在しておられる事、

私たちの身近な繋がりの中に、たくさんおられる事に、大変感動しております。

昨年の口蹄疫や、新燃岳噴火、鶏インフルエンザなどで、

自ら分かち合った痛みを通して、人の痛みの分かる地域として、多くの方の使命感と行動力に、

同じ県民として、大変、誇りを感じています。


多くの皆様が、そうした氣持ちであることに、私は、いつも勇氣を頂きます。

皆様のお陰で、私は成長させていただけます。

今、それぞれが感じた事を行動する事が、私はベストだと思います。

方法や、手段は、決して一つではございません。

現地で出逢う皆様も、決して、一様ではありません。

千差万別の繋がりの中で、皆が一つになって、和になれたらと思います。

和になった縁(円)の 向き合う目の前の誰かが、今日、笑顔でありますように、隣の人の手をつなげたら最高です。


会った事もない、触れた事もない、遠く離れた円の向こう側にいる人たちが、見えますか?


隣の人を通じて、目の前の誰かが、私と繋がっている事を、私たちは知っています。



目の前に映る、あなたの右手も、左手も、私の両手と繋がっていませんか?


あなたにとって、目の前の私が、私であるように、私には、あなたしか見えない。

私を私は見る事ができない。

あなたは、私自身に映る、私であるかもしれない。



目の前の私は、笑顔ですか?



目の前に映る私を、笑顔にするために、様々な、方法や、手段が、本当に多種多様にあるだろうけれど、

その方法の小さな一つとして、

私たちに何かできる事があるとしたら、


目の前の誰かを、一瞬の笑顔を咲かせてみたいと、そう思います。




本当に、たくさんのご協力、本当にありがとうございます。



私は、
10月7日の夜に 宮崎を出発します。



子供たちへ配る お菓子 510人分

子供たちへ配るジュース 個人的に好きなヨーグルッッペ 800個

子供のいるお母さんへのお土産 お米 300キロ

その他


いつも、ご協力頂いている皆様に心から感謝いたします。



明日は、 モノラル的 異業種交流会です! 

19時30分頃より

参加費1000円 軽食つき 

美味しい?カレー付き

場所:ダイニングバーモノラル 宮崎市青島2丁目8−28

飛び込み参加もオーケーです!

最優秀トーク賞には、豪華景品???あり?。

参加された皆様が、ゲストになり、共同参加して造り上げる交流会です!


お問い合わせ先
09071644739 シイケイスケ

みんなのありがとうを届けようプロジェクト 2011年4月 宮城県七ヶ浜町
  

Posted by ケースケ at 03:23Comments(2)あかるいひとりごと

2011年10月01日

徳育

朕惟(ちんおも)フニ、我カ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ徳(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ。
 我カ臣民、克(よ)ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心を一(いち)ニシテ世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ教育の淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス。
 爾(なんじ)臣民、父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ、朋友相信シ、恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持シ、博愛衆ニ及ホシ、學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發(けいはつ)シ、徳器(とっき)ヲ成就シ、進テ公益ヲ廣(ひろ)メ、世務ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重シ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スヘシ。是(かく)ノ如キハ、獨(ひと)リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰(けんしょう)スルニ足ラン。
 斯(こ)ノ道ハ、實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守スヘキ所、之ヲ古今ニ通シテ謬(あやま)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖(もと)ラス。朕爾臣民ト倶ニ拳々(けんけん)服膺(ふくよう)シテ咸(みな)其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾(こひねが)フ。
 
明治二十三年十月三十日

  御名 御璽

【明治天皇 教育勅語の口語文訳】

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。
そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、
この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、
私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~



教育の3本柱は、

知育 徳育 体育 と言われます。


そして、簡単に教え導く事ができるものは、

知育と、体育です。

なぜ?徳育は、簡単に教え導く事ができないのでしょう。

それは、徳育というものが、水のようなものだからではないでしょうか。

水は、低いところから高いところへ流れていく事はありません。

徳は、徳の高い人、といわれるように、高い所から、流れ出る水のような性質があるのでしょう。

でありますから、

教育の現場で、

徳育を教え導く際に、大切な徳の高さというものが、その方になければ、

徳育というものは、思いのほか育たないのであるのではないでしょうか。

私たち、大人が、徳育に取り組まなければならないという理由が

世の中にあるように思います。


徳というものは、人間本来に誰しもが持っているものです。

しかし、その、自らのもっている徳がどのようなものなのか知らなければ、

それを発現できることが難しくなるのではないでしょうか。

徳というものは、徳に触れたとき、その正しき発現を垣間みます。

徳の高い人にであったとき、自らの心の鏡にその人が輝かしく写し出される理由は、

自らも、同じような高い徳を兼ね備えているからであります。

徳の行き交う世の中にすること。

それが、世の中にとって、とても大事である事は、明治天皇をはじめ、私たち祖先の痛切なる願いでもあります。

徳育は、徳のある人から学ぶ他ありませんから、自ら、古人の徳に触れ、徳を育み、

徳を以て 徳を報いることのできるような人間になりたいと、自ら願うのであります。






この世に敵もなければ

悪もない

あると思うのは心の迷いである


畑で みみずを見るたびに忌み嫌っていた

しかし畑にとって

みみずは悪ではない

みみずは悪い土を食べて良い土を出してくれる

土にとってはとても善である


どんなものにも徳がある

どんな荒れ地にも徳がある

徳を掘り起こせば

徳に報いてくれる

どんな悪人にも徳がある

徳を掘り起こしてやればいい

徳をもって徳を掘り起こすのだ 


二宮尊徳
  

Posted by ケースケ at 10:22Comments(0)人生勉強