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Posted by みやchan運営事務局 at

2011年11月20日

新しい時代の幕開け。

こんばんは。

この時間の更新、失礼致します。

昨日は、朝まで、動画編集しまして、

福島での活動をまとめた映像が出来上がりました。

『 FUKUSHIMA JUNCTION  』という題名をつけさせていただきました。

junction=接合点

福島と、私たちの接合点になる、機会創出になればと考えております。


上映会や、意見交換会などを計画中です。

ぜひ、多くに方と、この映像を通じて、何かを感じ、感じた事を私たちの言葉で語り合えたらと考えています。


よろしくお願いします。





この世界を、個人的な願望を実現する場とせず、

感嘆し、求め、観察する自由な存在としてそこに向かい合うとき、

われわれは芸術と科学の領域に入る。

アルバート アインシュタイン



従来の、成功という幻想は、今は、流行らない。

成功とはなんだろう?

なんのために、それを目指すのか?

経済的合理主義が 資本主義社会の陰だとすれば、光とは何だろう。


節度をわきまえることか?

与えられたものを再分配することか?

素晴らしい慈善活動をすることか?

寄付をすることか?

はたまた、持っている道具を譲渡したり、

方法や、手段を多くの人に伝えることか?




どこまでも多くの富を、ほんの少しの人がかき集め、

それをさらに、加速させ、

すべて、自分の創出した対価であるように振る舞い、

彼らは、いつもルールをつくり、いつも誰かの思惑のなかで、社会は動いてきた。



彼らは、何かを失う事を恐れ、何かに支配される事を恐れ、

彼らは、権力や利権という手段で、すべてが自分の想い通りになると思い込んでいた。


きっと、今も、そう思っているに違いない。


しかし、これからの時代は違う。



私たちは、生きるために働くのではなく。

与えられた使命を全うするために、生きるのです。



どんな状況であれ、どんな環境であれ、

私たちは、たしかな目的を持ち、

自らが選択し、この命を活かす機会を与えられたことに、

目覚めなくてはなりません。


世界中、どのような境遇にあっても、

それに目覚めた人は、いかなる状況にあっても

幸運であると私は思います。


私たちは、私たちの理解の上で、未熟な大いなる科学の中に身を置き

芸術的な創造力を働かせ、

美しく生きていく目的を持っています。


陰に光を奪われる事なく、本来の目的に目覚め、

使命を全うし、清く、強く、尊く、この人生を活かしたいものです。


大いなる科学の中に、私が存在する事を、科学的な観点で、美しく生きていく事を 成功 と定義したいです。



いつもありがとうございます。

  

Posted by ケースケ at 03:19Comments(0)あかるいひとりごと

2011年11月17日

心に光を


 大いなるかな 心や。

 天の高さや、極むべからず

 しかも、心は天の上に出ず。

 地の厚さや、測るべからず。

 しかも、心は地の下に出ず。

 日月の光やこゆべからず。

 しかも、心は日月の明のそとに出ず。



心は。
天よりも高く昇ることができるし

地よりも深いところに潜る事ができる。

太陽や月の光よりも速いものはないが、人間の心は別だ。

人間の心は、広大無辺の大宇宙よりも大きい。

だから、無限の造物主と、自分の心の結び目を堅固にすれば、誰でもどんな人間でも、栄える事ができる。




中村天風先生の言葉に触れると、自分自身の心の中に、光が入ってくる。

大宇宙と繋がる言葉が、本当に、大宇宙とつなげてくれる。

心を虚にし、氣を平らにし、私たちの身近などんなところにも存在するこの大宇宙の叡智を、我の心に取入れよう。

その瞬間、光が心を照らし、光に包まれる。

その瞬間は、病があっても、心に病はない、不運命にあっても、心は不運ではない、

私たちは、大宇宙に存在する光や、鮮やかな色や、宇宙霊なる精氣の存在と

同じ存在にあって、この地上に、肉体を纏い、

造物主である大宇宙から与えられた使命を全うするためにやってきた。

だから、常に、私たちの背後には、宇宙霊なる造物主が、常に、その目的を達成せんと共に存在し

絶妙なるタイミングを見計らい、様々な機会をお与えいただいている。


感謝を先にして、喜びでそれを味わおう。


与えられたすべての機会には、与えられたる意味が、必ず存在する事であると、私は信じています。


心を、光でいっぱいにし、常に、積極的な態度で、過ごして参りたいと思います。




  

Posted by ケースケ at 13:18Comments(0)あかるいひとりごと

2011年11月04日

happyisland REPORT 

こんばんは。

ご無沙汰しております。

皆様のお陰で、福島に、笑顔の花を咲かせることが出来ました!!



(いわき市のイオンショッピングセンターにて)


たくさんの御菓子が、子供たちの笑顔に変わっていく様子を垣間見ることが出来て、

本当に嬉しく思いました。

御菓子、持ってきてよかったです!間違いなかった~!!

本当に、ご協力有難うございました。

いわき市で、にくまきおにぎり屋さんを見つけたときは、正直、驚きました。

すげぇ~!宮崎があった!!!

何の打合せもすることなく、奇跡の飛び込みで、ココに来ていました。




宮崎出身で、いわきに引越しされて、3年の岩本さんに、地震の事、原発の事、

フラガールで有名ないわき市の事を教えていただき、本当に勉強になりました!

『6月ごろまで、人が歩いているのを外で見ることが無かった。』といわれたことに違和感を感じる程、

普通に、人が行き交っていました。

3000人以上の原発の関係者さんが引っ越してきて、

今も、様々な境遇の中、多くの方が生活をされています。

生活の様子は、宮崎となんら変わることないように見えました。

私達は、見えない放射線が、たしかに存在しているんだと。言い聞かせていました。

(だんだんとそれも意識しなくなっていった)


それほど、線量計がなければ、認識できないのです。

岩本さんが、

『事故後の風向きの影響で、いわきは、(福島市などに比べると)まだ、線量が低いんですよ』

と、言われたことが、はじめは、その意味が分からなくて、

いわき市での線量が0.6マイクロシーベルト/h とか0.8とか、その数値に驚きました。

たくさんの子供たちが、イオンの中で遊んでいるのを見て、私達が

『子供たちが多いですね!』と聞いたら、


『イオン(ショッピングモール)の中は、除染がしてあって、0.2μシーベルト/hくらいになったので、
 
 イオンの中だったら遊んでもいい。と言うことになっているんですよ 』と教えてくれました。


なんだか、いわき市は、まだ、線量が低いとか…その数値の意味が・・・

はじめは、分かりませんでした。


次の日は、福島市に移動して、飯館村に行くことになりました。



飯館村は、原発から40キロ離れた地域ですが、(30キロ圏内は立ち入り禁止)

計画的避難地域にしていされていて、無人の村でした。


(郵便局が閉鎖 このポストへ投函してもどこにも届かないんだね)

無人といえども、道は普通に通れて、飯館村の皆様は、隣の川俣町へ避難しているということで、

定期的にお帰りになられるということでした。


(警察車両が何台も通る…不気味な雰囲気)

そこに、たまたま、整備工場を営まれている大澤さんが帰ってこられていて、

お話をお伺いすることが出来ました。



線量で、側溝を量ったところ、49μシーベルト/h!



(私は、専門家ではないので、詳しいことは、皆様で調べていただきたいです)

私が、現場で感じたことは、この、線量計が、無ければ、

ここが、危険であるという手がかりが何もないこと。


私は、はじめ、福島に入ったとき、

街の光景や、出逢った皆様が、

見た目では、私たちとなんら変わることなく、日常を暮らしていることが、

不思議で、疑問でした。


(福島市内にて、登下校する子供たち)


だんだんと、その理由が分かってくるにつれて、


この問題の深刻さを理解することになりました。


見えない放射線に対しての、知識や、情報の差で、お互いの認識が違っているのです…



現場では、ある意味、その話題に麻痺して、危機感を感じなくなっている氣がしました。



見えない放射線、この数字しか、手がかりがないことが、

同じ場所に生活するお互いの、認識のズレを生じさせていました。


この、放射線が、私たちにとって、どのような影響を及ぼすのでしょうか。


私は、その心配をすることよりも、皆様に、その心配のない、安心して暮らせる場所に

移動していただきたい。と、…それだけの理由で、そう願いました。




飯館村で出逢ったお母さんが、村の70歳になるお婆さんのお話をしてくれました。


『 おばーがね。 私は、この村で育って、この村で結婚して、

  畑仕事が生きがいだったんだって。いうんだよ。

  けれどね、

  こうなって、畑もだめになって、

  家族がバラバラになって、

  みんなが、この村から離れるなら、

  私も、みんなと一緒に村を出たいっていったの。 』



テレビの報道では、『村を離れたくない!』と言う方がたくさんいる。という話が目立っていたけれど、


70歳のお婆さんの話を聞いたときに、それが本当じゃないかと、思ったんですね。

きっと、自分だったら、そう思うだろうな~と。



様々な、疑問が、現場には点在していて、

その一つ一つに、振り回される人がいる現実に、非常に悔しい思いになりました。

何にも出来ない、自分の能力を憂うのではなく!

宮崎に帰って、みんなと、

この事実を語り合うこと。が重要なんだ!!と言い聞かせて、皆様のお話を伺いました。

いわき市で、フリーペーパーを発行する ハイ!マガジンの伊藤さんは、

『もっと、外から(県外の皆様から)、騒いでほしい(問題定義してほしい)』と言われました。


(Hiーmagazine伊藤さんのご協力で、お米や御菓子を配っていただけることに…)


福島の中だけに、この話題を閉じ込めるのではなく、もっと、多くの方が、この機会を分かち合い、

議論することが必要だと思うのです。


宮崎も、鹿児島の川内原発(せんだいげんぱつ)の電力が使われているわけですね。


飯館村でお会いした大澤さんが、

『 日常というものが、こんなんに簡単に崩れるものとは思いもしなかった 』

と、言われた一言が、ジーンと胸に響きました。

(宮崎県でも、口蹄疫や新燃岳の影響で、日常が非日常に変わる脆さを感じた方は多かったのではないかと思います。)



放射線の線量を心配をすることのない地域が、これから先も、当たり前であって欲しい。と願います。

内部被爆を心配することのない食べ物が、流通することが当たり前であって欲しい。と願います。


福島市で、この問題に関わっている阿部さんは、

福島で起こっていることが、世界の基準にならないように、規制を緩和するのではなく

元々の基準に見合わせて、危険なことを危険であるということを、勇気を持って伝えて欲しい。

と、言われていた。



チェルノブイリでの経験を活かそうとする人たち、

様々な知識や、情報を、知っていて、それを活かせない人たち。

知っている人の責任って、なんなのでしょうね~。

私は、素人ながら、知らず知らずのうちに、様々な恩恵をうけている一人でした。


私は、知らなかったからこそ、その責任の重さを痛感しています。


私達が、これから先の未来を想像し、創造する今、何を選択しますか?


私たち自身が、幸せなイメージを持って日常を送れるように…。


人生に起こり来る、艱難辛苦に対して、

日常が、非日常になりえる人生に対して、

今と言う日常が、いかに幸せであるかに氣づき、

命を与えられ…、愛する人とともに実感することを許され…、

家族と喜びや悲しみを分かち合い…

今日と言う日、命を活かすことを許されている限り、

いくらでも新しい日常を創造できることを、最大限に喜びたいものです。


太陽は今日も沈み、朝になったら、また昇る。

必ず、私たちは、その恩恵の中で生かされています。


これから、多くの皆様と新しい明日のために、福島で起きていること、

今、世の中から感じていることを語りあえたらと思います。

happyisland ふくのしま

blueisland あおのしま

青は、光の中でも、一番、早くて、遠くまで届いて、ストレートな色なんで~福島まで届きますね~!

福島と宮崎に虹の架け橋かけたり!


(ホールボディカウンターを市民団体で管理するところにて 福島市)


(Hiマガジン 伊藤さんと)


(やきとりNo1の社長と、肉巻き本舗の岩本さんと)



ご協力頂きました、多くの皆様に心より感謝致します。本当に有難うございました。