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Posted by みやchan運営事務局 at

2011年12月09日

勇敢な精神を自らに求めよ。

こんばんは。

今日は、冷え込みますね〜☆雪の降らない街として小渕健太郎さんの故郷として、

宮崎は、雪が降らないんだけど、朝夕は寒い街です。笑

大陸からくる寒風は、霧島連山を通過する際、氷点下3℃以下になり『 霧島おろし 』と呼ばれる季節風が乱吹きます!

宮崎の大地を駆け巡る、乾燥した霧島おろしが、千切り大根を乾かしました。

人々は、冷たい季節風を逆に利用し、乾燥させ保存することで郷土の食として、愛したんですね!

宮崎の千切り大根は、日本中だけでなく、

ちょうど一年前、ロサンジェルスで発見しました〜☆

(嬉しかったな〜☆)




と、そんな訳で、昔の人は、偉いです。


今日の話題として、お一人、宮崎を代表する偉い人を紹介させていただきたいとおもいます。

宮崎にも、凄く偉い人がいるんです。

安井息軒先生! 清武の皆様にはなじみ深い。



安井息軒先生については、興味ある方は、ご自身で調べてください。

(リンクも貼りませんので(笑))


来年から、私は、 『 クラブ 』を設立しようとしています。と、先日お伝えしました。


この、安井息軒先生と、この クラブ 設立の動機には、大切な要素が重なります。


安井息軒先生は、儒学という学問を学ばれたお方ですが、

この、儒学の中のエッセンスが、いかに重要か?ということを、私たち人間は、5000年の歴史の中で、

幾度も幾度も、学ばされているのです。

要するに、儒学の中のエッセンスとは、何ぞや?といいますと、

それが、『 精神 』という事でありますね。

『 人としてのありかた 』、といいましょうか。


どのような歴史背景であれ、どんな時代背景であれ、環境であれ、境遇であれ、

身分が、低くても、高くても、

肩書きや、貧富の差や、国境や、人種や、とにかく、なんであれ、

この、『 精神 』というものだけは、考えてみれば、捉えどころのない、見えないものでありましょうが、

平等に、人に与えられているものであると考えられませんか?

むしろ、運命的に、恵まれず、生きる環境がままならない人生を送っている方の方が、精神的にたくましく、

精神性が高いと、言える事もあるはずです。

この、『 精神 』というものが、如何に、重要であるか!ということは、精神科の先生に聞かなくても分かるはずです。

今更ながら、言うまでもない事なのかもしれませんが、

今更、言わなければならないほど、(笑)この重要な根本要素が、どこかで欠けているばかりに、

人生的にも、運命的にも、健康的にも 恵まれない方々が多い現代である事は、大変残念な事であります。


その、

精神という、人としての大変重要な根本的な部分を、

安井息軒先生は、幕末の藩士が集まる都会での活動から身を引き、『 宮崎の田舎でこそ、人とともに精神を育むべき。』と考え、

人々の心の中の畑を耕すことに生涯、尽力された方なのでありますね。



日本人は、外国の著書や、学者の言葉を、日本人が遅れをとっているかのように、

慌てて、解釈する事があるようです。

その一つが、『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』という言葉であり、考え方です。

そうではなく、本当の答えは、

『 健全なる肉体は、健全なる精神を持つものに与えられる 』です。

『 精神 が先なのです。』

どんなに、肉体を鍛え上げても、精神が弱い人は、病になります。

どんなに、肉体を鍛え上げても、精神性が欠如した人は、

運命的にも、健康的にも想い通りの人生を歩む事はできません。


反対に、精神を重んじ、しっかりとした精神を持った人というのは、

どんな困難が訪れても、精神が頑丈であるために、打ち克つ事ができ、

結果、人生の主役として日常を創造することに集中する事ができ、健康的にも、運命的にも恵まれる事になるのです。

ちなみに、上記の 『 健全なる・・・ 』の始まりは、

デキムス・ユニウス・ユウェナリスというローマの詩人の言葉からです。


……強健な身体に健全な魂があるよう願うべきなのだ。

勇敢な精神を自らに求めよ。死の恐怖を乗り越え、

天命は自然の祝福の内にあると心得て、

いかなる苦しみをも耐え忍び、

立腹を知らず、何も渇望せず、

そして、ヘラクレスに課せられた12の野蛮な試練を、

サルダナパール王の贅沢や祝宴や財産より良いと思える精神を。

私は、あなたたちが自ら得られることを示そう。

必ずや 善い行いによって平穏な人生への道が開けるということを。



(なんか、ヘラクレスとか、サンダーバード王?あたりからよく分からないんですが・・・言いたい事は理解できます。)

要するに、肉体だけを鍛え上げていた当時のローマ時代に、

秩序が乱れ、精神性が低下し、あるべく姿を失った社会のあり方を嘆いた詩なのですね。


 私は、 『 クラブ 』運営の出発点は、必ず 『 精神 』 に あると思います。


精神性の向上なくして、

技術の向上も、人生そのものも、上手くは行かないと考えています。

自らが、人生の主役となり、想い通りの豊かな日常を歩みたければ、

何をおいても、出発点である『 精神 』を磨くことに取り組まなければならないと考えます。


 『 クラブ 』では、様々なコンテンツを通して、種目ごとの技術の向上だけでなく、

  まず、人として、
 
  人生の主役として、

  自らの頭脳や、才能、総力のすべてを発揮することのできる精神を磨き、

  心と、身体の調和するところに、その目的の第一を持ちたいと考えています。

  それから先は、個人が氣づき、決める事です。



 現代の 教育の方法の中に、『 精神 』を重んじる教育が乏しい事を、

 私は、私の経験の中で感じています。

 現存の教育制度で足りなければ、『 クラブ 』がそれを補完できるように、

 人として・・・という意味においても『 プロフェッショナル 』を、多くの有識者の方々とともに育てたいですね。



 ぜひ、ご協力願います。

  

Posted by ケースケ at 02:57Comments(2)あかるいひとりごと