2012年01月10日
理想の人生

2011年、3月11日から、一ヶ月後の、4月11日〜約一週間、
私は、宮城県に向かいました。
被災地は、まだまだ日常生活を取り戻す事ができず、普段、地域を主導し、把握しているはずの公的機関が
全くといっていいほど機能しておらず、
現場には、混乱と、疑心とが、点在しておりました。
もちろん、それだけではなく、思いやりと、受容と、愛と、模範となる方々とも多く出逢いました。
それは、もう様々な機会が、あちらこちらに鏤められていました。
日本全国の皆様にとっても、衝撃的だった、その尊い機会のなかで、
当事者ではないという立場にもかかわらず、
ご支援を、させていただくという貴重な機会をあたえていただき、
また、客観的な立場で、このような機会を垣間みる事ができた事は、
宮崎県内で後方支援をしていただける皆様にとっても、これからの社会を創造する皆様にとっても、
ぜひとも共有したい、そして、共感したい、
大変多くの反省点と、成功のヒントがあったのではないかと、
ようやく、その経験を整理する事に至るのであります。
私は、何のために?誰のために?どうしてそれを行うのか?という人生の目的をハッキリと理解し、
自己の使命を全うする事に努める人生の重要性を、一番に、感じたのであります。
そして、最も大切なことは、自己というものの存在価値は、『どうありたいか』という
理想の自分自身を客観的に意識できるところに依り、決定されるということに氣づいたのであります。
私は、これまで、自分自身の人生や世の中に対し、『こうなりたい』という想いが先行していたような氣が致します。
しかし、今、私自身が何かになる事が、私の理想ではないとハッキリと氣づきました。
何かになる事を、目的とせず、世の中や、自分以外の人にとって、自分自身という経った一人の私が、
『 どうありたいか? 』という客観的な視点で自分自身を省察する事の重要性。
微妙なニュアンスの違いですが、とても大きな違いがあると思うのです。
今すぐに、理想の自分に近づけるよう、自分自身に頼れるだけの
能力を普段から磨き、世の中にそれを発揮する事で、自己の才能や、能力、与えられたものの全てを、さらに磨き、
世の中にとって、自分自身がどうありたいか?という理想と信念を、常に、心して、日々取り組む事が必要であること。
自分自身が『何かに成ること』が全てではなく、すでに、私たちは成りたい自分に成る事ができるように、
尊い世界に身を置いていることに氣づかなければならないのです。
何かに成るという事だけを目的としないように、私は、すでに、信念という素晴らしいパワーを使って、
人生に最善を生み出す事を日常的に味わっております。
信念とは、最善のみを心に抱く状態を言う
それを育み それに心を集中し
それを強調し それを映像化し
それを祈りにし それに取り組め
さうすれば 大宇宙の力によって助けられた創造的な心の力が
最善を生み出す
信念が、私たちを、理想の私へと導いてくれます。
氣高き理想とともに生き、信念を強くし、
皆様にとって、世の中にとって、大切な人にとって、誰かにとって、
『どうありたいか?』という客観的な視点で、理想の人生を歩んでみようと心しているところです。
与えられている機会の全てに心から感謝します。
いつもありがとうございます。
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